睡蓮

今日はちょっとつれづれ。

以前、知人がアルコール依存症になったことがありまして。

彼女は中学生の息子さんを抱えていたのですが、夫婦仲もうまくいっておらず、仕事も休みがちになり、日々の生活にも支障が出てきていました。

それに対して彼女の母親は口うるさく助言するわけですが、もちろん聞くわけもなく。

とうとう拒絶するようになっていました。

で。

私もその話を聞いて会いにいきましたが、案の定、拒否。

まぁ、そうだろうね。

でもどうしても伝えたい言葉があって、無理に頼んで玄関先まで出てきてもらって、そこで立ち話。

機嫌、悪い悪い。

どうせあなたも母親と同じこと言うんでしょ。

みたいな。

う〜ん…言いたくなるよ。

その態度じゃ。

でも、こういう周りからどうしようもないクズみたいに言われるような状態って、あんたが悪いんでしょみたいに言われるときって、本当は自分でもよくわかってるんだよね。

以前、私もどうしようもなくなったことがあって、そのとき、唯一手を差し伸べてくれた人の言葉が

「本当は自分が何しているか、よくわかってるよね?」

でした。

周りは「あんたはなにもわかってない。わかってたらやめるはずだ」みたいにいうけれども。

案外、わかってるんだよね。

わかっててそういう状態にしか身を置いておくことができないから、苦しんでるんだよね。

そして一番苦しんでたときにかけてくれたこの言葉が一番うれしかったのと、ふっと心が軽くなった経験があったので、彼女にこの言葉を伝えてみました。

すると、泥酔していた瞳に光がともったような気がしました。

意識が戻ってきたというか、はっきりまわりを認識したというか。

そして小さくうなずく彼女。

ああ。

やっぱり自分の状態わかってるんだ。

そして続けて、

あなたは強いこと。

この状態を乗り越える力があるからこういうことになっているのであって、あなたにはそれを乗り越える力があるということ。

それを、必死で伝えて(このへんの言葉は届いてないかもしれない)帰宅。

その後、彼女は依存症を治す病院へ強制的に入院させられました。

入院中もまだちょっと依存の度合いが強いな…という傾向が見られたけれど、職場に戻らなくては。

というので、彼女は早々に退院。

そして今は全く飲まなくなり、普通に日常を送っています。

最近は、皆がお酒を飲む席でも自分は飲まなくても平気な状態になっていて、ああ彼女、かなり強いな。

と思ったぐらいです。
(無理に我慢してるふうでもないので、本当に乗り越えたっぽい)

で。

その後も彼女は定期的に病院に通っているようですが、むしろ先生に

「本当に飲みたいって思わないの? 普通は治ったといってもちょっとは飲みたいって思うはずだよ?」

といった具合に、治ったのがおかしいみたいに言われているようです。(笑)

正直、もう治ることないんじゃないかと傍から見ていて思ったときもあったので、彼女の強さにはむしろ尊敬の念に近い思いを抱きます。

なんかね。

どうしようもない状態の人をみると、本当、どうしようもねえな。

みたいに思うこともあるけれども。

それを乗り越えた人の強さって、一種のまぶしさがあるようにも感じます。

その強さは、乗り越えた人だけが持つ強さのようにも思えます。